2012年01月24日

世銀改革−背景編 その2



「What kind of the Bank do we want?」

アニキ(元都市計画専門の現改革局長。皆が本名を短縮してAniと呼ぶので、僕は心の中でこう呼んでいる)が、いつもの質問を興奮気味に繰り返す。局長というと前の部署では少し遠い、偉い人だったが、アニキはこの10数人の小さなチームの皆にとってその名の通り兄貴分。秋の年次総会の最中、改革事務局にとっては一大イベントの中間管理職の大集会から帰ってきた彼は、世銀の実務の中心を担うCD/CM/SD/SM(マトリックスを担う局長・課長達:カントリーディレクター、カントリーマネージャー、セクターディレクター、セクターマネージャー)全員と丸々2日議論してまとめた数十項目の改革提言をレビューし、次のアクションを決めようとしていた。

アネキ(元欧州のカントリーマネージャーで百戦錬磨のMelanie課長、勝手にこう呼んでいる)と僕とで対応図をまとめる。進行中の改革プロセス全体に、何がどうはまるのか。

• 商品・サービス: Program for Results(開発成果に応じて融資を動員する貸出形態)、Fee Based Service(主に中所得国の要請で、貸出を行わずフィーを貰って政策アドバイスを行う)、Global Partnership Program(個別借入国向けでなく、地球公共財の提供に関わるドナー政府や財団等との協働)等々、新しいもの・一貫した制度が追いついていない分野の枠組づくりと定着化

• 組織構造:マトリックス改革(FPDパイロット、ネットワーク組織の役割再定義、セクターボードと呼ぶFPD以外での地域横串母体の強化、等)、Decentralization(ワシントン本部集約からクライアントに近い組織へ)、知識パートナーシップ(開かれた世銀に向けたOpen Dataを初めとする情報公開施策、セクター横断分野での外部協業を担うKnowledge Platform、等)

• 業務基盤:リスク評価やセーフガードに関わる業務ポリシー、マトリックス改革やDecentralization、成果志向を下支えする人事制度・予算管理・情報インフラ

機構改革事務局は、大きく3つの会議体へのアジェンダ設定と議論の題材提供、提言と決定事項のフォローアップそして施策実行のコーディネーションを担っている。まずMLT(マトリックス・リーダーシップ・チーム)と呼ぶ、6人の地域総局副総裁、4人のネットワーク担当副総裁からなるマトリックス改革の母体。KLC(ナレッジ&ラーニング・カウンシル:チーフエコノミストと副総裁の多く)と呼ぶ、学習する組織としての世銀の知識アジェンダの母体。そして、MDs-CFOと呼ぶ、3人のMD(専務理事:副総裁達からレポートを受ける)とCFOからなる改革全般についての責任母体。MDs-CFOは四半期毎に改革の進捗をみて、大きな方向は年1回程度、総裁が議長を務める理事会に上げる。また、個別に重要な事案については理事会の関連分科会で都度議題に上げるしくみになっている。

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Source: Organization Chart of the World Bank Effective October 3, 2011

理事会の要請をうけて進む改革項目は多い。世銀は188カ国の加盟国政府が所有する開発組合。各国はその出資比率に応じて株主として、また開発援助の供給者また需要者として、政府が派遣するED(Executive Director:理事)を通じて世銀のあり方を監督する。昨今はどの政府も財政が厳しいので、世銀にはいきおい、限られた資源で最大の成果を上げる期待が強くなる。

他方で、理事会や専務理事や副総裁の目からみて必要な改革は、中間管理層や前線の「個人事業主」が望む改革と同じとは限らない。各々善意で行われた制度や手続きの変更が、首尾一貫を欠いて現場を苦しめる齟齬は過去に散々繰り返されてきた。国や地域毎に、課題分野毎に、まったく違う現場がある。そうでなくとも世銀では過去数十年間、改革といえば人員カットや監視機能の追加など、職員からみるとどうにも嬉しくない話が多い。上から降ってくる改革では到底進まない。

中間管理層については去年から始まった半年に一度の大集会が定常化し、またセクターマネージャーの中から数十人が手を挙げて特に重要な課題についてワーキンググループを結成し、自らが良い仕事をする環境を作るための自らによる改革、という見方が徐々に定着した。また、より広く職員の声を集めようと、専務理事の発案による行内サーベイをつい先日実施。

前線のスタッフがクライアントを支援するうえで、世銀の機構がどの程度助けになっているか? 10点満点で回答の全体平均は4.5と、経営層が重く受け止めるべき低い数字が出た。特に重要な阻害要因が特定され、個別具体的な改善提案が数多く寄せられ、行内ブログではサーベイ結果と改善施策についてスタッフと専務理事の間で活発な討論が始まった。さまざまなフィードバックチャネルを通じて随時出てくる課題指摘や改革提言は、支流が合流して大河になるように、経営陣に意思決定を迫る改革の文脈を形作ってゆく。

更によく声を聞くべき相手はクライアント(借入国政府)。散発的なサーベイは過去に何度もあるが、世銀のサービス全体としてどこがよく、どこに改善の余地があるか、定点観測して改革に反映するプロセスはこれからだ。また、Open DataやOpen Governmentといった、プロジェクト成果を詳細に可視化してクライアント政府のみならず市民社会や裨益者を直接エンパワーする最近の取り組みも、世銀が世界に合わせて自らを作り変えるプロセスによりよく組み込まれなければならない。改革項目は個別の行動計画に落とせば自然と細かく数も多くなる。全体としての目指す姿や首尾一貫した工程表は一見あるようで、めまぐるしく変わる世界経済に随時適応を続けるmoving targetでもある。透明で開かれていて成果に対する説明責任が果たせ、全体が部分の集合以上の価値を提供でき、俊敏に変化に対応し自らを作り変え続ける組織へ。改革自体の実施と並行して、世銀の改革キャパシティビルディングはまだまだこれからだ。

* * *

今から遡る事約2ヶ月前。改革事務局での仕事の全貌がようやく見え始めた頃。「セクターマネージャーのアンケート結果がそろそろ出揃ったわね。ちょっと中見て、何が言えるか考えて、MLTへのプレゼンまとめてくれない?」

アネキの指示はいつもこんな感じで結構ざっくりだ。サーベイモンキーというツールを使って手早く実施したアンケートには、1週間足らずで世銀の各地域・ネットワークの課長100人弱のうち半数以上が回答を寄せていた。アニキは「おう、それ超大事だから宜しく頼む」とだけいって、相変わらずどたばた走り回っている。日々、他のどの部署にも落ち着かない前広事案が舞い込んで、どうもこのチームはストレッチ気味。

2年も前から散々分析や提言が出されながら経営判断を下せていない、セクターマネージャーの「Span of Control問題」。課長1人あたりに直接レポートする部下の数が、民間企業の水準からみても、IMFや他の地域開発銀行の水準から見ても、世銀では異常に多い。課長の責任権限範囲の広さ、上にいる局長や下にいるセクターリーダー・クラスターリーダーなど諸々の責任者との分担の曖昧さ、承認や決済の多さ煩雑さ、ポートフォリオ品質管理をめぐる技術的な専門分野の細分化、またDecentralizationの推進による部下の地理的分散化とも相俟って、負荷は増え続ける一方で予算は削られ続けたために、セクターマネージャーは「世銀で一番惨めな仕事」というレッテルが貼られるまでになった。

アンケートの回答および過去の諸々の分析資料に目を通して愕然とする。これは単に業務の円滑化とか効率化という次元の問題ではない。監督不行き届きから発生するかもしれないプロジェクトの品質リスクや世銀の評判の毀損リスク、マネージャーが適切に若手を指導・育成するための部署の適正規模、現場責任者が目先の火消しを超えて長期にクライアント・パートナーとの関係構築や地域横断の知識創出に投資するマトリックス改革の趣旨、他あらゆる側面からみて、ここを真っ先に解決しなければ他が回ってゆかない最重要事案に見える。しかし部署の規模とか課長の数と責任範囲といえば、予算配分や個々人の昇進機会に絡む、それなりに紛糾しそうなイシュー。これまで決着していないのもうなづける。どう立論するか・・・。

あちこち駆けずり回ること数日、人事や予算やプロジェクト品質のデータを集め、過去の資料とアンケート結果とを合わせて5枚程のスライドにする。ざっと一覧したアネキの目が、眼鏡の奥でキラーンと光る。「これならイケるかも。すぐ課長のワーキンググループを召集してちょうだい」 改革事務局での最初の大仕事の幕開けだった。(続く)

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Photo credit: Simone D. McCourtie / World Bank
posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 金平 直人

2012年01月17日

投資判断ミーティングの資料づくり


こんにちは。齋藤 慶子です。

今、上海の空港のトランジットにいます。今年のお正月はノルウェーでスキーをしていたので、旧正月のお休みに、代わりに東京でお雑煮を食べたくて、わざわざ出向いています。周りは日本人のおじさんだらけで、中国ビジネスで我々と同じような経験・苦労をしている感じの会話が聞こえてきて、何だかほっとしています。

さて、今週はとてつもなくバリュエーション・ヘビーな一週間でした。こんなに細かく資料を作らなくても、と思ってしまうくらいに分析を重ねて、投資判断の資料を準備しています。昨日と今朝は朝3時まで会社でチームとこれに取り掛かって、今週は連続してワシントンのチームメートと、24時間体制でドラフトを仕上げました。

そんなとき、以前投資銀行で働いていたときの日本の会社のクライアントが、ファンド等に対する投資家訪問ミーティングに、70ページもの資料を用意してきたことを思い出します。その日本の会社のアドバイザーであった私の最初の仕事は、その資料を10ページに収めることでした(そんな長い資料を誰も読みません)。

その次の日の新聞に、そこの会社の社長さんが、大量に一流大学の人を雇って、夜中まで社内資料および読まれない外向けの資料作りに力を入れすぎて時間を無駄にしてしまっているため、これからは効率化せねば、と宣言していたものでした。

IFCもたまにそんな風に、アカデミックに厳密にやりすぎて、投資判断の時期が大幅に遅れたり、ビジネス・ジャッジメント(つまりリスクをとるかとらないか)の判断を学術的に突き詰めようとしてしまうか、或いは、自分の意見が如何に正しいかを主張する人・グループに推されて、判断をタイムリーにできかねることがあります。

そんなとき個人的には、横槍を投げてくる人は皆チームから追い出したくなってしまいます。つまり、私のように案件を最初から最後までプッシュし続ける役の投資オフィサーと、そのセクターのテクニカル・エンジニアの人たちだけで案件をやってしまえれば、と思ってしまいます。

特に、投資商品のスペシャリストや環境スペシャリスト、また、弁護士が、投資オフィサーにとって社内での対戦相手となってしまいます。良く言われることは、今時点のバリュエーションが足りないということ(これも、スペシャリストによってはVCあるいはベンチャー・キャピタル寄りの人と、インフラ寄りの人と二種類いるので、人によって全然言うことと理解が違います)。

或いは、投資先の会社の子会社・関連会社(地方政府も絡んだりしている)にまでどうやって環境・社会ガイドラインを取り入れてもらえるか(我々は、子会社に直接お金を出していないのでレバレッジはありません)。或いは社内弁護士がよく言う言葉で、我々の少数株主としての権利が完全にはカバーされてはいないが、あとの判断はビジネス・サイドに任せます、と色々なことに対して脅してくるのです。

しかし本当は、そして当然、IFCの強みはこういうことを言える人がいるところにあるのでしょう。

こういったスペシャリストは、ファンダメンタリストなので本当は全うなことを言っているのです。ただIFCが取り掛かる案件の多くは、リスクの高い、難しい例外が多い案件ので(特に私がよく関わるエクイティ案件は)、細かいところすべてをリスクと見なすと、一歩も先に進めません。

それを如何にスマートに折り合うか、この社内での肯定において、如何にその会社や投資先プロジェクトを訪問したこともない彼らスペシャリストに、かしこい例外を作らせるために時間をさいて、真剣に取り合ってもらえるかが勝負どころなのです。

これは外から見ていると、コメディーみたいなのでしょう。人格で社内のこういったプロセスを乗り越える人もいれば、スペシャリストの意見を無視してでも案件を突っ走って、プロセスを軽視したとマネジメントに怒られながらでも、結局は結果的に成績の良い案件をとじられている人と、(日本人的でIFCに多いのが)ひたすらしっかり分析してドキュメントし、異常な努力の形跡を見せることで相手から同情心をもらい、他の人を動かしていく人と、色々あるのでしょう。

ちなみに今ふと思いましたが、こんなIFCのコメディーな様子を、今ブログに書いている私こそが、無駄に、アカデミックにIFCの分析を突き進めちゃっているのでは、とはっとして、ペンを置くことにしました。

もうすぐ日本の上空です。新年快楽!

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相変わらず空気が汚れている上海の空港付近です。

posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 斉藤 慶子

2012年01月10日

気候変動枠組条約ダーバン会議



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マイテ・ヌコアナ=マシャバネ COP 17/ CMP7議長, Photo credit: UN Climate Change

12月11日(日)午前4時、予定の終了時刻を36時間も過ぎたところで、ようやく194カ国の国連気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国は南アフリカのダーバンで合意に漕ぎ着けました。各国の交渉団が時間切れで帰ってしまわぬよう、南アフリカ航空が特別航空機を手配していたとか。

交渉決裂寸前だった今回の第17回締約国会議(COP17)ならびに第7回京都議定書締約国会議(CMP7)。必要とされる削減目標の合意には程遠いものの、一応の前進が見られ、ほっと胸を撫で下ろしている関係者も多いと思います。コペンハーゲン(COP15)カンクン(COP16)にするエントリに引き続き、ダーバンでの議論を簡単に振り返ってみます。

ダーバンプラットフォームの採択
ギリギリで各国の大臣クラスが合意に採択に漕ぎ着けたのがDurban Platform for Enhanced Action(ダーバンプラットフォーム)と呼ばれる文書です。この合意で、米、中、印という三大排出国を含む、気候変動枠組み条約締結国のすべてが法的拘束力を持った合意文書を作成することについてコミットしたことは前進です。各国は新たな法的拘束力を持った合意文書を2015年までに採択することを目指すことになります。ですが、法的拘束力を持った合意が発効するのは2020年と、かなり先の話です。

京都議定書の延長
EUと他のいくつかの先進国が今年末を以って終了する京都議定書の第二約束期間に参加することを表明しました。しかし、もともと批准していない米国はもちろん、日本やカナダなど、主要先進国が第二約束期間への不参加(カナダは議定書からの脱退)を決めたことで、世界レベルで見た議定書の削減効果は一段と薄れることになります。が、「ダーバンが京都議定書の墓場になるのでは」という懸念があったことを考えると、かろうじて第二拘束期間が2013年1月1日から開始されることも決まったことは前進といえるでしょう(同期間の終わりを2017年末とするのか、ダーバンプラットフォームの合意に合わせて2020年とするかは、次回ドーハ会議までへ持ち越し)。

「緑の気候基金」大枠合意
「緑の気候基金」(Green Climate Fund)について、そのあり方の大枠について合意がなされたことも評価できる点です。本基金は2013年から2020年まで毎年1,000億ドルの資金を先進国からに対して途上国に流すというコペンハーゲン合意の中心的メカニズムとして設立に向けた議論が進められています。

本基金で注目すべきは、基金の事務局機能を地球環境ファシリティ(GEF)事務局に置くことが決まったという点です。世銀に事務局を持ってくるという案もありましたが、先進国の意向がより強く反映される世銀に対する途上国側の抵抗は強く、実現しなかったという話しを周囲から聞きました。しかし、そもそもGEFはUNFCCCで正式に認められた資金メカニズムですので、妥当な形に落ち着いたといえるのでしょう。

ただ、肝心の資金源については殆ど議論がなされませんでした。欧州の債務危機のみならず、米国も日本も財政問題が悪化の度を増していることもあり、主要先進国が気候変動問題に対して大きな国際的コミットメントを行うという状況にはなかったといえるでしょう。

議論が難航したポイント
交渉が決裂の危機に瀕した最大のポイントは、UNFCCCの全締約国が参加する2020年からの削減義務を定めた合意文書の法的性格についてでした。特に交渉の足を引っ張ったとされるのはインドと中国で、両国は発展途上国の炭素削減義務をより緩めることに繋がる「法的なアウトカム」(legal outcome)という曖昧な言葉を主張しました。一方、EUは「議定書(protocol)ないし法的文書(legal instrument)」といった言葉主張し、対立しました。結局、最終的に「法的な力を持った合意されたアウトカム(agreed outcome with legal force)」という表現で双方が妥協して纏まったということです。

今後の課題
一応の前進が見られとはいえ、詰めるべき議論のポイントは山積しています。次回のカタール・ドーハでのCOP18/CMP8では、2015年までの採択に向けた法的拘束力を持った合意文書に関する交渉が正式にスタートします。当然、各国の削減目標の設定についても議論が行われることにおなります。また、EUおよびその他少数の先進国による京都議定書第二約束期間における削減目標の設定も議論の焦点のひとつです。

より重要なのは、京都議定書第二約束期間に削減義務を負わないほかの多くの国が野心的な削減努力目標を自らに課し、実践するかどうかです。しかし、欧、米、日、いずれをとっても経済・財政問題に頭を抱えており、さらに今年は数多くの主要国で政治的リーダーシップの交代が予定されているので、個人的には大きな進展はあまり期待できないだろうと見ています。なんとか欧州の債務・金融危機が回避され、年の後半には世界経済が好転していくように願うばかりです。


posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 甲賀 大吾

2012年01月03日

労働市場ワークショップ



皆さま、明けましておめでとうございます。

昨年のクリスマスを目の前にフィリピンを襲った熱帯性低気圧”Sendong(Washi)”。特にフィリピン南部のミンダナオ島にあるカガヤンデオロとイリガンに壊滅的な被害を与え、死者は1400人にものぼり、6万人の方々が避難を強いられている状況に心が痛み、心からお見舞い申し上げます。

世界銀行フィリピンオフィスでも、まずは自分達が即座にできることということで、従業員組合が募金・物資の寄付をとりまとめたり、またスタッフ間でボランティア情報や物資支援のメールが飛び交っていました。国連も被災地に向けた莫大な人道支援の必要性を訴え、多くの被災者が直面している食糧、避難場所、水を始めとした当面・緊急の問題に対処するために2800万ドル(22億円)の寄付を呼びかけています。世界銀行からも、フィリピン政府へのお見舞いの言葉とともに、国連機関と緊密な調整をとりながら、人道支援を超えた短期、中期、長期的な復興支援をする準備があることが伝えられました。

例えば、短期的な支援としては、2009年の巨大台風の後にも行えわれた包括的な影響ならびに復興・普及のためにニーズのアセスメントが挙げられます。そして、中・長期的に政府と他の開発機関ととともに、現在の開発プログラムを災害復興に対応したものにしたり、そして災害に強いインフラつくりなどのアプローチ等が挙げられます。災害援助には時間が勝負とされる緊急支援と同時に、人々が以前の生活を取り戻すまでの中期的な復興計画、そして今後の被害を最小限に抑えられるように災害に強い街づくりといった長期的な取り組みといった、全体としての対策の重要性を感じさせられます。本当に一日も早い復興を願うばかりです。

さて、今日は「労働市場」について書きたいと思います。私の所属する人間開発セクター、社会保障チームの正式名称は、実はSocial Protection and Laborチームで、労働関連も担当分野となっています。フィリピンでは社会保障のプロジェクトが大きく、これまで労働関係の分野の関わりは少なかったのですが、私も今年度はワークプログラム(自分の担当業務)に労働関係のタスクが入っていたりと、動きがある注目の分野でもあります。元々脆弱者を保護するという役割を持つ社会保護から、人々がエンパワーされ、そして最終的には経済の仕組みの中で仕事をして成長につながるような一連の流れを目的とした分野がSocial Protection and Laborセクターの担当範囲となっています。

この労働市場のワークショップが昨年12月に韓国で開催され、私も参加してきました。世銀では、労働市場のワークショップを毎年ワシントンDCで開催していますが、今回は、東南アジアに焦点をあてた内容で、労働省等を始めとした省庁で勤務する東南アジア・南アジアからの政府職員と世界銀行のスタッフなど約40人ほどが参加しました。5日間のワークショップは、講義、参加者によるグループワークと発表、職業安定所への見学によって構成されました。

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会場となったPolytechnics

講義は大変包括的なもので、労働市場の傾向、インフォーマルな労働市場、労働市場の最低賃金、地方から都市部への移動、スキルと労働市場のミスマッチ、若者の労働環境などが世銀のスタッフによりカバーされました。また、今回の韓国でのリージョナルワークショップの醍醐味は、大学教授などを努められる韓国人スピーカーから、韓国の職業戦略や職業訓練と企業への補助金制度などの講義を聴けたり、韓国の職業安定所などを訪問することができたことでした。特に、韓国が直面している状況に日本との類似点を見出したりと、大変興味深かったです。

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休日でしたが、職業安定所を見学。写真は、失業者の方々が失業保険申請や、必要な職業訓練を照会のために来るカウンター。

そして、ワークショップの最後には、講義をもとに各テーマに分かれて、参加者によるグループワークと発表が行われました。例えば、最低賃金という一つのテーマとっても、各国により設定された背景や、法的・制度的枠組みは本当に多様で、それによって抱えている問題も多様なものであることが顕著にまとめられていました。

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参加者による発表。

世界開発報告書2013のテーマは「Jobs」。その他にも、東南アジア地域で労働市場の研究が進んでいたり、フィリピン開発報告書も労働市場が一つの軸となっていたりと、来年は労働市場関係のテーマが大きな注目の年となりそうです。

2012年が良い年になることを願うと共に、昨年亡くなられた方へ思いを胸に、復興が長引く中、被害に遭われた方が一日でも元の生活に戻られるように前進できるようにしなければならない年でもあります。本当にいろいろなことがあった2011年。日本も歴史的な大震災・津波に襲われ、心が痛む多くの災害が世界中で発生した年でした。今年を振り返るにあたり、亡くなられた方への思いと、被害に遭われた方へ心を寄せて過ごすことができればと思います。そして末筆ではございますが、昨年4月から始めさせてこのブログへの投稿、読んで頂き本当にありがとうございました。皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岡村 優子

2011年12月27日

暗雲立ち込める未来



11月28日、様々な不安を残したまま、コンゴ民主共和国では、大統領選挙が予定どおり行われた。国連、NGO、各国、EUなどから大量の選挙監視団が派遣されてくる。しかしこれらの監視団が配置されるのは、いわゆるアクセスが容易で、治安も比較的よいところだ。選挙は道もアクセスも全くない内陸部も含め、広大な国土で行われる。そんなところに監視団は行かない。ちなみに監視団は、英語ではオブザーバー。国際協力の一環で派遣されるもので、何も独立した監査のようなマンデートや、‘監視’した結果を持ってして、選挙結果などに何らかの拘束力を及ぼすものでもない。

有力候補は現職カビラ大統領、対立候補のトップは、モブツ独裁政権時代から反体制派として活動してきた78歳のチセケディ氏。

選挙を前にして大量に入ってくるメールから、徐々に緊張が高まっている様子がわかる。
XXで国連職員が襲撃、○○州の刑務所で囚人の大脱走発生、△△市で銃撃戦○名死亡。

それでも、投票自体は概ね整然と行われたようだ。みんな教会に行くようにオシャレをして、整然と投票した、という様子をあちこちで聞く。

しかし、そこに決定的な問題が浮上する。票操作、大規模不正疑惑である。

投票の翌日には既に、チセケディ候補が55%得票で独走中、大半の州で勝利との情報がインターネット上で大きく流され、情報操作合戦が始まった。

ついに、携帯電話によるテキストメッセージの送受信が全てブロックされた。しかしこの情報通信手段が発達した時代で、情報統制はもはや不可能だ。FacebookやTwitter、Skypeで、みな盛んにやり取りをしている。そこにはチセケディ候補勝利ムードが色濃く流れていた。

アメリカのNGOで最大規模の選挙監視団を送り込んできたカーターセンターの選挙監視員らは、投票締め切り後、1週間たって東部都市部の開票率は5%。道路もろくに通っていない内陸部にいたっては、投票箱の回収さえ行われていない、雨季の洪水で投票用紙丸ごと全部流された投票所もある、と結果を報告。この状況で2日後に迫った選挙結果がどう発表できるというのか?

12月6日の選挙結果発表を前にして、不透明なプロセスと各地で発生している暴力行為に対し、メディアの論調も強まる。

12月4日付けのファイナンシャルタイムズ紙にこんな記事が出た。

「コンゴを脅かす選挙不正の恐れ」

“票の水増し、カビラ候補の息のかかった選挙管理委員による対立候補者の票の封じ込め、投票締め切り後に南アから刷り上った投票用紙を運ぶ便が到着、などは、紛れもない事実として確認されている。”

“不正選挙に通じる誰にとっても、この選挙は匂う。不正の規模が結果自体を揺さぶるものかどうかは、何ともいえない。しかし、間違いないのは、国民の懐疑は歴然と広がっており、その結果は恐らく受け入れられないものとなるだろう。もし、カビラ氏がそのまま権力に残るのであれば、その正当性は問題視されるであろう。”と。

そして、そこで張られたレッテルは「破綻国家(Failed State)」

「国家」には政治哲学上、様々な定義がある。例えば、世銀でも脆弱国家(Fragile State)の分類を設け、CPIA (Country Policy and Institutional Assessment: 国別政策・制度評価)と呼ばれる評価を毎年行い、一定以下の点数の国を脆弱国家として分類、それらの国をリスト化している。

しかし、Failed Stateという概念に明確な定義はない。Fund for PeaceというNGOがFailed States インデックスというランキングを出しているが、政治的、社会的、経済的に破綻した失敗国家としているようである。

アメリカやカナダ、フランス、EUも次々と声明を発表。インターナショナル・クライシス、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど大手のアドボカシー系NGOも痛烈な批判を浴びせる。

このままカビラ候補の当選が発表されれば、チセケディ候補が圧倒的人気を誇る首都は荒れるかもしれない、という見方が大半を占めていた。国連は、万一の有事に備えて備蓄と退避の準備をするように、職員に一斉喚起を流した。

世銀事務所はこの時点で閉鎖。インターナショナル、ナショナルスタッフ、その家族全員総勢200名が、コンゴ川を渡って対岸にあるコンゴ共和国ブラザビルに退避した。

フランス軍も有事と緊急退避の事態に備えて、ガボンにある基地から派遣され、対岸のブラザビルで待機。

12月9日。予定より3日遅れで、選挙管理委員会がカビラ候補48.95%、チセケディ候補32.33%でカビラ候補の当確を発表した。

カビラ氏は「選挙のプロセスに過ちがあったことは認める。しかし自分が当選したことには間違いない。」と、痛烈な批判をかわし、勝利宣言をした。

同時に、第2位のチセケディ候補も、選挙管理委員会の発表は捻じ曲げられたものであり、我こそが当選と勝利宣言。

何が真実かは誰にもわからない。小辻さんの前回のブログ「コートジボワール−内戦からの復興」にもあるように、コートジボワールでは今年2人の候補が選挙の結果、同時に大統領宣言、内戦に陥った記憶は新しい。国際社会は大規模な介入を行い、ある意味真実に基づいて状況は正された。しかしそこには血が流れ、大きな犠牲が伴った。

背景や事情はコンゴでは少し異なる。しかし「もう紛争はいい。」そんなメッセージがFacebookにはあふれていた。FTの記事はこう締めくくっている。

“民主主義の原則としてここで争う、というリスクを負うよりも、安定のために現職者、現状政治を受け入れるほうが遥かにたやすい、ということを他国の事例は示している。しかし、コンゴではそのリスクはそれはそれでまた高い。”

ここにこの結果や現状に対する私個人の分析や見解を述べる気はない。それが適切だとも思わない。ただ、どうしてもわからないのである。破綻国家のレッテルまで貼られた国が、これから一体どこへ向かおうとしているかが。

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カビラ大統領の選挙運動事務所の警備兵

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カビラ大統領の選挙サポーター

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投票所の机に積み上げられた投票用紙

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大統領選挙の投票用紙

Photo credit: ENOUGH Project
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1年近くに渡ってコンゴシリーズについて書いてきましたが、来年からは違う国やテーマも取り上げていきたいと思います。皆さん、どうぞよいお年を!

posted by 世銀スタッフ at 20:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 長木 志帆

2011年12月20日

コートジボワール – 内戦からの復興



IFCダカール事務所の小辻です。

ここ二ヶ月くらいの間に何回かコートジボワールに出張する機会があったので、その様子をリポートしたいと思います。

まずは、コートジボワール情勢をおさらいしておきましょう。

1970年代、80年代は、ボワニ大統領のもと、「イボワールの奇跡」と呼ばれた高度経済成長を遂げた同国は、アフリカ開発銀行などの国際機関のヘッドオフィス、多国籍企業の西アフリカ本社などがおかれ、教育面でもココディ大学などがあり、西アフリカ屈指の産業基盤と教育基盤を誇る大国でした。

ところが、2000年以降、南部と北部に分かれて反目がはじまります。この反目はもともと歴史的に存在した民族的・宗教的な対立ではなく、この時期に当選したバクボ元大統領なのか旧宗主国のフランスなのか誰が悪いかは書きませんが(このブログに政治的な意見を載せるとまずいので)、多くのアフリカの内戦と同様、確実に人間が政治的なモチベーションとプロパガンダをもって人工的に作り出した対立といえるでしょう。2002年のクーデター未遂をきっかけに内戦開始。2005年に停戦。そこから2010年までは火種をかかえながらも、なんとか小康状態を保っていました。

2010年11月に懸案であった大統領選が実施。国際機関や多くの政府機関が見守る中、2011年11月に開票され、「北部」を代表するとされる元IMF職員のワタラ氏が、「南部」を代表するとされる現職のバクボ大統領を投票数では破ったとされました。ところがバクボ大統領は負けを認めず、選挙方法に不公正があったとして、大統領として居残ることを宣言。ワタラ氏も負けずに、ゴルフ・ホテルというホテルに立てこもって、大統領就任宣言を実施、国連や多くの海外諸国はワタラ氏をサポート、ここに二人の大統領が同時に存在するという異常事態に入りました。(この辺は在コートジボワール大使の岡村氏のブログ - http://blog.goo.ne.jp/zoge1 - に詳しい)。

人々は、バクボ派とワタラ派にわかれて争い、数千人の人が亡くなったといわれています。また、この間バグボ氏を「兵糧攻め」にするため(公務員などに給料を払えなくして困らせようという意図)、銀行機能が止められ(一定額以上の預金が引き出せなくなった)、貨幣が流通しなくなった経済は麻痺状態に陥りました。2011年4月、フランス軍の介入などもあって、バグボ氏が逮捕、内乱にピリオドが打たれました(大詰めの過程で日本大使館が襲撃され、大使がフランス軍に救出された映像を見た方も多いでしょう)。そこから数ヶ月、治安回復や復興などの努力が続き、国がまともに機能しはじめたのは、今年の夏以降です。

メディアなどでは、「悪者のバクボと、国際社会に応援されたワタラ」という構図が描かれがちですが、コートジボワールの友人たちの意見を聞くと、そんなに単純な構造ではなく、西アフリカ世界における影響力を保ち続けたいというフランス外交の意図(このフランスの西アフリカへの絡みを称して「Francafrique フランサフリック」と呼ばれます - 「Francophone Africa」という言葉に比べてネガティブ・暗い響きがあるので、日常では軽々に使う言葉ではありません)と反仏路線を打ち出したバクボ元大統領、という対立軸を理解しないと問題の全体像はつかめない、とのこと。この辺の世界は深すぎて、西アフリカに二年住んだ程度の僕の理解はまだ及ぶところではありません。

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写真は復興中のアビジャンの街

前置きが長くなりましたが出張のお話です。

今回の出張の目的は、コートジボワールのある畜産企業の投資を検討するための調査と投資条件の予備的交渉と、昨年投資したジュース工場のダメージを精査し復興策を考えにいく、というものでした。内乱後の情勢が一体どんな感じになっているのか、出発前はやや心配だったのですが、行ってみると、かなり普通の状態に戻っていました。

内乱時にもっとも激戦地帯となったヨプゴン地区(東京でいうと下町みたいな場所)や、両陣営が奪い合ったテレビ局など、報道されまくっていた「ホットスポット」も通りましたが、いまやまったく普通。人間の生きる力とはたくましいものです。

いろいろインタビューすると、企業業績は夏以降は堅調のようです。内乱がはじまった1月から3月までは通常年に近い業績だったものの、ウァタラ現大統領の軍がアビジャンに入りバクボ軍と激突した内乱のピークの4月は売上ゼロ(その間は電気も水もストップ、餌が作れないので多くの家畜が死んでしまったり、オフィス機器が盗まれたりしてかなりの損害も受けたとのこと)、バクボ氏が逮捕されて後、情勢が安定するまでの5月と6月は通常の年の約半分の売上、7月以降は通常の年並みに売上がもどりその後も堅調伸びている、という感じ。数字を見る限り7月以降の回復度はすごいです。人々もアビジャンに戻ってきているし(ビジネスホテルは満室状態)、この先の見通しは明るそうです。

写真を何枚か。

コートジボワールの鶏肉。身がしまっていて本当においしいです!今投資を検討している畜産会社はかなりのマーケティング上手で、アビジャン市内のおいしいグリル屋さんにただで自社Tシャツや焼き鳥を保管するケースなどを提供して、自社の鶏のブランドネームを消費者の脳裏に焼き付けようとしています。
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飼料工場
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飼料を農家に販売する販売店の様子
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出張中フランス語もかなり上達しました。

去年まではナイジェリア人上司の「おかん」などのシニア・バンカーたちがチームリーダーとしてたくみなフランス語で交渉をリードしてくれたのですが、今年からは僕がチームリーダーをつとめることが多くなり、クライアントとの議論を仕切らねばならず、もはや言い訳はできない待ったなしな状況です。一応通訳としてフランス語ネイティブのジュニア・スタッフに同行してもらったのですが、人間追い込まれればできちゃうもので、複雑なストラクチャリングの説明や、ディールが生きるか死ぬか瀬戸際の交渉を、フランス語でやっている自分に我ながら感動。(まあ、金融用語は仏語と英語はかなり似ていて、たとえば「インベストメント」は「インベスティスモン」とフランス語風に言うだけなんですけどね。)

条件交渉の一部はコートジボワール事務所長のおばさんも参加してくれたのですが(とても頼りになる人で僕はコートジの「おかん」と呼んでいる)、「おかん」は、「あんたは、2年前はフランス語が一言もしゃべれなかったのに、いまや片言のフランス語で客に斬り込んでいくなんて、カミカゼのような男やね」とのたまってました。「カミカゼ」はちょっと意味ちがうんだけど、と思いましたが、ほめ言葉として受け取っておくことにします。

いろいろ課題のある案件だし、クライアントもタフネゴシエーターで白髪が増えたと思うくらいきつい交渉が続いているのですが、内乱後のコートジにおいて食料を増産するのは経済復興の礎になると思うし、こういうファイナンス案件を担当できるのはバンカー冥利に尽きますので、なんとか前に進めたいものです。

***

昨年投資したマリの炭酸飲料会社のコートジボワール子会社の様子も見てきました。この会社は、コートジに工場を建設しようとしている矢先に内乱勃発。アビジャンの港が閉鎖されてしまったので、届くはずだった工場の機械は隣国のガーナに退避。

情勢が安定した6月から工場建設を再開し、今は工事は堅調に進んでいます。写真は完成間近の工場の建物。機械類も無事アビジャンに届いたそうで、来年はじめの営業開始をめざして頑張っているそうです。がんばってほしいです!

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2度の出張を通じた所感としては、今のコートジボワールは、さしずめ戦後の日本のような状態なんじゃないかと思います。しっかりした産業基盤とインフラがあり、高い教育を受けた人々が国に戻ろうと考えていて、人々も90年代以前の繁栄を確実に記憶している。大学院のときの教授は、日本が戦後発展した理由のひとつは、別に日本が戦後本当にゼロの状態から出発したわけではなく、明治維新以来の産業発展があって、当然人々はその記憶があって、蓄積された産業基盤や人材基盤も残っていて、戦後はまず昔の状態に戻す、という「復興」だったからだ、といっていました。「ゼロからの成長」よりも「かつての状態を取り戻す復興」のほうがたやすいだろう、というのは納得のいく考え方です。

今年はコートジボワールの案件を何件かやりたいと思っていますが、僕がコートジボワールにブリッシュ(金融用語で積極的であること)なのは、まさに上記の理由で今後の急速な経済成長(回復)が確実だと思うからです。

また、南アフリカという強い産業基盤のある国の周辺国(ボツワナ、モザンビークなど)が伸びているのは、南アフリカ産の安い機械や原料が手に入り、南アフリカ企業からの投資・技術移転が起こっているから、という理由があると思います。ですので、これからコートジが伸びていけば、コートジを産業ハブとして、ブルキナファソやマリ、ライベリアなどの周辺国の経済発展にもポジティブな影響を及ぼすことでしょう。

日本でこの地域のニュースがカバーされることは少ないですが、読者のみなさんにはぜひ情勢に目を光らせていただきたいと思います。

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アビジャンの工業地区遠景。セネガルや周辺諸国の工業地区のインフラとはレベルが格段に違う。

posted by 世銀スタッフ at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小辻 洋介

2011年12月13日

出張にまつわるエピソード



みなさま、こんにちは。

極寒の北京からこの原稿を書いています。

このブログを読んでいただいている方はすでにご存じかと思いますが、私達の仕事の現場は途上国なので、世銀本部に勤めている者もプロジェクト管理や会議でワシントンDCをベースにアジアへ、アフリカへ、ラテンアメリカへと、年に数回、人によっては数十回と、海外出張(通常世銀ではミッションと呼ばれます)に出かけます。

現場での仕事(本業)のほかに、旅の数だけそれにまつわるエピソードというのを誰しも持っていて、フライト、ホテル、現地に入ってからの移動、など、いろいろあるのですが、一見それほどまで過酷にみえない旅でも思わぬところに落とし穴があるものです。今回の私の旅もまさにその状況でした。

今回の出張は北京に1週間。基本的に北京でクライアントとのミーティングだけで、短期間の滞在だったので、東京経由のエコノミークラスで行くことにし、週明け月曜日のミーティング開始に間に合うように土曜日の朝にワシントンDCを出発しました。直行便で14時間後無事成田空港に到着し、やや疲れながらも1時間の乗り継ぎで北京行きの飛行機に乗ったところまでは順調だったのですが、そこからが予想外の展開となりました。

東京から北京までは飛行機で4時間ちょっと。4時間かけて飛行機は北京の上空に達し、高度を下げて着陸態勢にはいったものの、北京上空の濃霧(これは大気汚染が原因らしい)のため、着陸不可能ということになり、かなり高度が下がった状態で急に飛行機は機械音を発しつつ上昇しはじめ、その後、残りの燃料を使って、韓国の仁川空港に向かうことになったと、機内アナウンスがあり、約2時間後、仁川空港に到着。そこで1時間弱燃料補給のため待機し、日本に引き返すことに決定したと機長からのアナウンスがあり、結局午前2時過ぎに羽田に到着し、翌朝の振替便が手配され、全員一旦日本に入国し待機することになりました。翌日(といっても羽田到着から数時間後)再び、また荷物を預け、出国審査をしてゲートへ進み、結局出発予定時刻を1時間弱遅れて離陸しました。

4時間後、北京上空に達すると、窓の外は今までに見たことがないくらいかなり白く、本当にかなり低く降りてくるまでなにも見えないほどの濃霧でした。なんとか無事着陸し、前日の振替便プラス通常便で大混雑の空港、いつも通り交通渋滞している北京の高速道路を通って定宿のホテルに到着。実にワシントンDCの自宅を出発して北京のホテルに到着するまで31時間強もかかる長旅となりました。

今までいろんなところに行きましたが、閉じ込められてひたすら待機するしかない状況が続くのがこんなにつらいことを知った出張となりました。睡眠不足と疲れで、氷点下の北京がことさら身にしみつつ、マッサージにいく時間もなく、到着が一日遅れたため、到着一時間後早速チームミーティングに参加しました。この仕事、体力と忍耐力も必要だなぁとつくづく思いました。

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濃霧に包まれる北京(オフィスから撮影)

posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 木村 薫

2011年12月06日

世銀改革−背景編 その1



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Photo credit: arvidbr

「If you become a Bank staff, what do you want to accomplish?」
世銀の採用プログラム、YPPの選考書類はあけすけにこう訊いてきた。回答はこう始めた:「The World Bank should be a client centric, distinctive knowledge institution to realize its dream, a World Free of Poverty. I want to be a part of the change.」パリでの面接。3人の面接官が書類に目を落とし、互いに顔を見合わせ、1人が渋い顔をして口火を切る。「What THE HELL do you mean?」

自分はここで働きたいと、心から信じて応募したといえば嘘になる。世銀に限らず援助業界がこれまで同様の仕事を続ければ、自分の生きているうちに世界から貧困をなくせると考えるのは楽観的過ぎるとも思う。他方、誰にも全貌など把握のできない、先進国/新興国/最貧国、政府/企業/市民社会の間で絡み合ったこの世界の諸課題に有効な解決策を見出すことはもう待ったなしだ。機会に恵まれた自分は貢献する責務を感じるものの、自分の中に答えはない。助言がほしい、と思うままに言った。面接官たちは職業人として、仕事の描写を通じて世銀が今どこにいるか、どこへ向かわなければならないかを各々論じる。個人として、どう世界を理解し、どう自身の立ち位置をとらえ、どう学び、どう楽しんでいるかを語る。

刺激的なひと時。予定時間を大幅に超過して面接は終わる。ああ、こういう人達と仕事がしたい。10年前に初めて就職した時にも似た感覚が甦る。選考結果は3ヶ月後、と思い出しながら宿泊先に戻りパソコンを開くと、面接官の1人からメールがあった。「Congratulations!」

* * *

「Welcome to the Bank!」
世銀での日々が始まる。ここでは皆、誇りと自負をもって自分達を「the Bank」と呼ぶ。ある経験豊かな同僚はしかし、歓迎の言葉のあとをこう続ける。「と言いたい所だが、2週間目には君も気付くだろう。君が来たのはthe Bankでなく、one of the six regional banksだということに。」

最初の配属先は欧州・中央アジア地域総局。世銀のスタッフ約11,000人のうち6,000人強は、南アジア、東アジア、中東・北アフリカ、サブサハラアフリカ、中南米といった6つの地域総局に属している(他に、地域横串に課題分野ごとの知識共有を担うネットワークという組織、人事や法務や財務、業務や総務といった本社機能、また、評価・監査・査察といった独立機能がある)。地域総局の中はさらに大きく4つの業務分野に分かれる。自分が働くことになるのはFPD(金融・民間セクター開発部門)。ほかにも、地域横断のネットワークに対応する形で各地域内にPREM(貧困削減・経済管理)、HDN(人間開発)、SDN(持続可能な開発)。SDNは更に各種インフラ(電力、運輸、水、情報通信)や農業、都市開発、環境、社会開発といった具合に、各々が事業分野毎に分かれている。

同僚は続ける:「3週間目には、regional bankの中身は互いに仕事を取り合う多くの中小企業の集まりだと気付くだろう。そして4週間目に分かるのは、それらは実は中小企業でさえなく、仕事の背景知識も方法論もバラバラな個人事業主の寄り所帯だということだ。この巨大で混沌とした素晴らしい、サイロの迷路へようこそ!」

彼の意味するところは欧州の仕事で体に刻み込まれることになる。情熱とプロ意識をもって開発課題に取り組む前線の「個人事業主」たちにとり、世銀という機構は多くの局面で、目の前の裨益者に価値を提供するインフラというよりは打破すべき障壁に見える。互いに補い合うはずの地域総局と地域横断ネットワーク組織との連携のまずさ。ワシントンと現地事務所の心的距離。クライアント政府の政策当事者にチーム一丸でサービス提供するはずの、セクター専門家、業務担当、購買、法務、その他各機能が時に重複し衝突し、空白を生み時間を浪費する様。複雑で不明瞭な意思決定階層と内部手続きの煩雑さ。

若手に機会を作り、知恵を伝え、育成に努めるよりも、シニアが自分の領域を作り込み、守りに入ってしまう組織風土とインセンティブ。とある国の経済省との打ち合わせの最中、野心的なプロジェクトを前に飛び出すこんな言葉:「私たちは世銀の中で戦うから、あなた達も政府内で戦って省庁連携を取り付けて欲しい。」奇妙な共感と連帯感、しかし貧困削減と経済成長には包括的な改革が必須と言ういつもの世銀の助言とは裏腹に、多くの国の縦割り行政が見事に世銀内の縦割りに反映されている現実。

それでも最初の1年間、現状に飽き足らず型破りな仕事の仕方を次々生み出す同僚達に恵まれた。イノベーション政策という比較的新しい分野ということもある。だがそれ以上に、FPD(金融・民間セクター開発)全般に係る各地域およびネットワークの再編成の始まりに丁度居合わせた。FPD担当副総裁が陣頭指揮を執るこの大掛かりな組織改革は、6つの地域と4つのネットワークが一丸となって開発効果を生むマトリックス改革の初期パイロットという位置づけで、他の副総裁たちが固唾を呑んで見守っている。

譲れない原理原則を決める、詳細はオーナーシップを渡して現場主導で作る、行動から学んで軌道修正する・・・前職で叩き込まれた改革の型通りと思ったら、この副総裁も推進チームも元前職の同僚だった。ふと好奇心が生まれる。このFPDパイロットの構造を作る前、世銀全体の将来に向けてはどこまで踏み込んだ青写真があったのか。それは誰によってどう描かれたのか。なぜ10年前でなく今なのか。行内文書を読み、業務の合間に当事者達に会って話を聞く。面接で話した内容がひとまわり、現実味と具体性を増して口から出る。「だったら一緒にやる?」...こうして2年目の配属先は決まった。(続く)

* * *

遅ればせながらはじめまして。今回より世銀プロブログに登壇の機会をいただきました金平です。外からも中からもおそらくまだ見えにくい、でも結構大事なことが起きていると個人的には感じている世銀改革の様子を、ライブに発信してゆければと思います。今後とも宜しくお願いいたします。

世銀外を含む開発課題全般についてご興味がおありの方は、国連フォーラム私の提言Twitterでの発信を併せてお読みいただければ幸いです。

本稿はすべて、筆者個人の見解です。世銀のマネジメント及び理事会による世銀改革についての公式見解は以下をご参照下さい。

- New World, New World Bank Group: (I) Post-Crisis Directions

- New World, New World Bank Group: (II) The Internal Reform Agenda

- Modernizing The World Bank Group: An Update

posted by 世銀スタッフ at 12:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | 金平 直人

2011年12月03日

金平 直人(かねひら なおと)

Naoto Kanehira富山県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒(計算機科学)。米国MITメディアラボ スポンサーアドバイザー、MITスローン経営大学院・ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(経営科学・行政学)。大学在学中にソフトウェア企業設立後、2000年よりマッキンゼー東京事務所にて通信・電機・自動車業界の新規事業構築・成長戦略立案に従事。マケドニア国連開発計画GSB(Growing Sustainable Business Initiative)での官民パートナーシップ支援、コソボICO/EUSR(国際文民事務所/欧州連合特別代表部)での紛争後の民間事業環境整備を経て、2010年にヤング・プロフェッショナルとして世銀入行。ヨーロッパ・中央アジア地域総局金融・民間セクター開発部でロシアとポーランドのイノベーション政策・欧州地域の産業競争力研究を担当した後、現在は機構改革事務局にて世銀の改革全般について経営層の意思決定をサポート。「夜の仕事」は途上国向け事業構築を職場外からインキュベートするイントラプレナー集団、NPO法人ソケットの代表理事。生来、発散気味で何の専門家にもなれない思い込みを持つが、開発に片足突っ込むつもりで行ったバルカン半島で緊張関係の両側の同志・友人に恵まれ、人々の断絶を埋めるために自分の中に両面をもって橋をかけたいと自覚を改める。深く関わった人の心に火が灯る瞬間がたまらなく好き。
posted by 世銀スタッフ at 05:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 金平 直人

2011年11月29日

IDD



こんにちは。齋藤 慶子です。

IDDって皆様よく耳にする言葉ですか?

IDDとはIntegrity Due Diligenceの略で、他にはKYC(Know Your Customer)とも言います。

つまりは、自分の相手についてよく調べなさい、ということです。自分の相手とは誰か。我々は「Follow the money」と言って、スポンサー、お金を受け取る側(投資先・借り手)はもちろん、一緒に投資をする相手、子会社・関連会社、地方政府、(電力・水などのインフラ案件の場合は)引き取り手(オフテイカー)等も含めて調べます。とにかくビジネスモデルで、お金の動きに関わっている全ての人たちにチェックをかけます。

発展途上国で投資をする我々にとっては特に重要な表題で、仮にいくら開発効果があって、更にオイシイ案件であっても、汚れた登場人物が出てきてしまった場合、どんなに案件が進んでいても途中で終ってしまいます(もちろんご紹介の通り、日本を含めた先進国にもたくさんそういう人がいます)。

ちなみに、IFCでは最近中国に対してIDDが特に厳しくなっています。中国の勢いが少しスローダウンしたものだから余計目立つのでしょうか、最近私はこのIDDに関してかなり苦しめられたので、ちょっとご紹介します。

一つ目は中国のファンド案件で、ファンドがこれから投資をする予定でいる案件(パイプライン)を我々に紹介してきた際、投資先のスポンサーについて説明してきました。そのスポンサーの業種がMachinery Number (x)と紹介されました(xには適当な数字を入れてください)。

我々が投資するそのファンドのパイプラインには通常10件以上案件があるので(そのうちせいぜい投資にいたるのは年間で2−3件ですが)、聞き流してしまいそうな話しですが、有力案件と聞いていたので少し調べたら、どうやら武器をつくる中国の国営会社だそうです。

Machinery Number xに騙されて、気づきませんでしたが、武器の製造に世銀グループは当然ファイナンスしてはならないので、完全にアウトです。通常は我々が投資した先のファンドには、IFCのExclusion Listを採用してもらい、武器・賭博のようなセクターは投資できません。

ただ同じファンド・マネジャー(ファンド運営をする人)が他のファンドを持っていたら、そちらにまで我々は口を出せません。なぜならIFCはLimited Partner(LP)としてファンドに投資するので、Fiduciary Dutyという責任をとれないからです(つまり、下手に口出しをして訴訟された場合、LPは株主と違って、会社のマネジメント・投資事項に関する責任をとる前提にいないからです)。

しかし今回そのスポンサーをもう少し詳しく調べてみると、武器をおもいっきりイラクやリビヤに輸出していて、何度もアメリカやイギリスに制裁を受けている会社でした。

そうなるとさすがに今回の場合は、我々が投資しようとしているファンド・マネジャーの名前が汚れないよう、ストレートに、Machinery Number x社とは一切関係を持たないよう伝えました。更に、それだけには留まらず、我々のファンドを構成する株主合意書となる文書(Limited Partnership Agreement)にもはっきりと、ファンド・マネジャー自身がMachinery Number x社と取引できないように色々な工夫をしました。

厳しい手ほどきですが、具体的には、もしファンド・マネジャーがそのような会社と取引があった場合、@ファンドマネジャーがキャピタル・コールした場合に、IFCだけはこれ以上お金を入れないでいいようなトリガーを設けること。これはいつも入れる条項ですが、更にはAKey Man Eventと言って、通常はファンドマネジャーが投資活動に専念していないと分かった場合にファンドの投資期間をフリーズさせる条項を、このIDDにも結び付けました。また更にはBファンドマネジャーを投資家がクビにできるトリガーも発生するようにしました。

かなり厳しいですが(弁護士にまでDraconian!と言われてしまいました)、そのくらいやらないとファンド案件は一度お金を入れてしまうと、ファンドマネジャーの自由が利くので、今回はかなり慎重になりました。

二つ目の案件もまた中国の水案件でしたが、ここに登場した一人の悪代官もかなりの悪でした。

地方政府でナンバー2だった人ですが、数年前に農民から土地を没収して勝手に売却してお金を手元に納めてしまったり、ありもしない鉱山開発の利権を売り出したりと、相当スキャンダラスな行為を繰り返し、しまいには内部告発者を誘拐するよう指示を出したり、デモを起こしたおばあさんを半殺しにしてしまったり、と色々「やった」そうです。

しかし結局自分の上司にあたる市長が全てやったと証言し、自己批判を発表し(中国ではこういう逃れ方をするのが王道だそうです)、本人は逃れてしまいました。その後、もう少し小さい市のトップとなり、その市の中にたまたま我々の水案件が存在していたため、我々の目に留まりました(というか、水のオフテイカーのトップにこの市長がいたため、我々は大騒ぎしました)。

驚いたことに、現在の中国語で調べても、新聞記事もGoogleも何一つ関連記事は出てきません。一度許された人なので、関連情報は全てインターネット上から消されたのでしょう。そこで台湾語の昔の漢字でグーグルした結果、色々な記事がでてきました(もう一つのコツはPDFのドキュメントを探すことです)。また今回は一緒に投資をするファンドが、外部(の探偵)の人を雇っていたので、しっかりとしたレポートがありました。

ところで、これをどう解釈するかが問題です。ちなみに我々の水案件のサイトがある場所は、中央政府からお墨付きをされている大きな工業エリアで、この悪代官の市長レベルで動いているのではなく、その何層も上でことが進んでいました。なので他の投資家は、@この悪代官はどうせ何もできない、あるいはAこの悪代官は一度刑罰を逃れているので、これ以上悪いことはできないと解釈しました。

しかし我々は一応そのレベルでは一歩踏みとどまってしまいます。そんな中、彼が今年で60歳になったという朗報が先日入り、中国の低いレベルの官僚たちは60歳で退職することになっているので、運よく彼は消えてくれました。もちろん完全に影響がないか確認中ですが、この悪代官によって案件をつぶされることは免れました。

中国案件をやっていると、いつどこの悪代官が潜んでいるか見た目には分からないので、ひやひやです。

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こんな平和な毎日だといいのですが(中国の桂林より)

posted by 世銀スタッフ at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 斉藤 慶子
※スタッフ・ブログの内容はあくまで各スタッフの個人的な意見・見解であり、世銀プロフェッショナル、世界銀行グループの立場を代表するものではありません。